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惠土孝吉氏の思い(その2)

中京大学、東京大学、金沢大学で多くの学生を指導し、4月に新著を上梓した惠土孝吉氏。

本誌の最新号(7月号)では、惠土氏の新著編集に携わるなど、長年にわたって交流を続けてきた鈴木智也氏(元本誌編集長)が、氏の思いやエピソードを4ページにわたり綴っております。

惠土氏が剣道や剣道界への思いについてインタビューをした記事が、1993年12月号「インタビュー・剣士の矜持」に掲載されていました。今回はその記事を特別に公開いたします。

剣道の良さは「思いやり」の心だ
自分を知り相手を知らなければ勝てない(その2)

(文 鈴木智也)

 本誌九月号の「提言特集・二十一世紀の剣道」でも、恵土氏の「理念達成のための具体的指標をつくる」という提案を紹介した。それにはまず最初の段階では剣道の面白さをわからせることが必要というが、それについても自分の経験とスポーツ科学の理論から、数々の具体策を持っている。

「強い人とやってはだめだ」というのが、指導をする上での私の理論のひとつ。自分より少し弱い人とやって、常に相手を打てる惑覚を身に付けておくことが重要なんです。自分のことを振り返っても、たいていの試合では勝って時々負けるから「なにくそ」と思う。そして負けた原因をよく考えるから、クリアできるようになるんです。いつも負けていてはそのうち嫌になって根気がなくなってしまう。

 僕は中学2年の時にしない競技部が出来て剣道を始めました。道場が狭く部員も100人近くいたから、2カ月ぐらいは送り足の練習だけでした。あんな動作も当時は楽しかったですが、先生は私たちをやる気にさせるのがとても上手な人でした。たまたま当たると先生に「いやーやられた」と言われてすっかり調子にのってしまった。それで結構好きになったんです。

 その結果向上心も備わってきました。先生にどうしたら強くなれるのかと聞いたことがある。「走り幅跳びをやりなさい」とか「素振りをやりなさい」 と言われて、さっそく素振りをやったんです。大学の終わりまで毎日稽古の後に千本振っていましたよ。600本くらい普通に振って後は跳躍素振りをする。今から思うとこれがとてもよかったと思うんです。生理学的にも理に適っていた。

 試合もやればやるほど勝てるようになり、さらに剣道にのめりこんでいきました。面白くてやめられない。高校のときも国士舘を出られた前田(治雄)先生の指導法がとてもよかったんです。先生とよく三本勝負をやっていました。強い学校は必ず三本勝負のような実戦形式の稽古をやっていますね。

 勝つと先輩たちや先生たちが喜んでくれる。私もうれしい。それで他のスポーツを参考にしながら自分でもさらにトレーニングをするようになりました。まさに「好きこそものの上手なれ」で、嫌いでは続かないでしょう。

 学生にもいうんですが、テストでいつも50点を取っていたら父兄に叱られる。うちに来るのは学力のある子ですから、高校の頃までは勉強がよくできて誉められていたから勉強もやる気になったのだと思うんです。それと同じ原理です。

 金沢大学では、恵土氏が監督として赴任してから、堀田陽子選手が全日本女子学生チャンピオンになった(昭和60年)のを始め、最近では小田佳子選手が年連続同大会2位など、とくに女子が成果を上げ、男子個人や男女の団体でも、国立大としては目ざましい成績を上げている。恵土氏自身の豊富な経験と、スポーツ科学の研究、その研究者たちとの交流の中で得た理論を実践していることが、好結果を生んでいる。

 防具をつけないと剣道ではない、ということはないんです。

 筋カトレーニングが必要なのは、たとえばそれによって確実に打突のスピードがあがるからです。うちの学生の打突の速度を測ってみたら、男子と女子がそれぞれの規格の竹刀を持った結果ほとんど同じだったんです。女子は体カトレーニングをやったからスピードが上がった。男子はもっと打突のスピードをあげることが必要だと思います。男子にはなかなか理論を理解してもらえないんですが。

 科学的な問題に目が向くようになった最初のきっかけは、中京大学に残って助手をしていた時代に、陸上競技のコーチがおがくずの上を走るトレーニングやサーキット・トレーニングをさせているのを見て自分でもとりいれたこと。そして最も大きかったのは三橋(秀三・当時中京大学師範)先生から松井(秀治・現愛知県スポーツ科学センター所長)先生を紹介され、星川(保)先生たちとの名古屋大学での研究会に毎週参加するようになったことです。他のスポーツに関するさまざまな研究者とその成果に接して、違った方向から剣道を見ることができるようになりました。

 今は「アイカメラ」を使って、動態視力について実験しているんです。どういうところを見て、メンがくるかコテがくるかを判断するのか探るんです。もうひとつは運動形態学というもの。説明しにくいのですが、指導者として、剣道をやっている人を観察してどこがいいか悪いかを数量的、ゲーム分析的に見抜く、というようなことです。極端な話、一枚の写真を見て、どこが悪いかすぐに検証できるくらいに研究を進めたいんです。

 実戦の中ではたとえば「早く攻める」つの実験なのですが、去年は男子の場合たまたまそれが成功しま した。相手がゆっくり構えているのに対し、素早く攻める。相手は防ぎながらゆっくり考える暇がないからこちらのペースで戦える。実際にそうした練習を一、二年やってきて、試してみたらうまくいったんです。

 しかしそれだけで正しいとは言い得ないので、たくさん事例を積み重ねることが必要です。ある欠点を直してみてもその生徒の個人の特性で直ったのか、先生を生徒が信頼していたから直ったのか、ひとつひとつチェックして系統化いく必要がある。とにかく事例をたくさん積み重ねることによってはじめてある程度の法則性が出てくるんです。一人の指導者の頭の中に事例と法則があっても死んだら終わりですから、何とか形にしようと、生徒に実験台になってもらいながら続けているんです。

 一番大事なのは、機械で実験したことが現場でどう生かされるのかであり、それをしないと不毛の議論となってしまいます。

(その3につづく)

著書紹介

夢剣士自伝(惠土孝吉著)全480ページにも及ぶ大作
剣道の科学的上達法(惠土孝吉著)2007年刊

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