月刊『剣道日本』2026年7月号では、剣道具の記事も3つ掲載しています。

52ページ〜の記事では、講談社を訪問。昨年、野間家の倉庫から偶然発見された剣道具の数々を紹介していただきました。


昨年の11月、期間限定で展示もされていました、そのときの↓ボード↓です

展示にあたって協力をした伊勢屋武道具の茂木和也さんによると、古の剣道具はこれまでもいろいろなところで発見されてはいますが、原型をとどめていないケースがほとんど。なので、まずはほぼそのままの状態で出てきた事自体がきわめて貴重です。なおかつ、発見された防具の量も膨大で、撮影された写真から、野間氏自身が着用していたと分かる防具も出てきたのです。
剣道界にとってこれがどれだけ貴重な一大発見なのか、茂木さんに解説をお願いしました。
取材にうかがった私(A)がビックリしたのは(全部にビックリですが、とくに)「喉元のガードが昭和期からつくらえれていたこと」と「剣道着の襟元がものすごく分厚いこと」です。

突き垂れに別途これをつけて、喉元をガードしていたと思われます。今はこういう商品が多数発売されていますが、この時代(昭和初期から戦前にかけて)からこれがつくられていたのは一大発見ではないでしょうか。

写真ではわかりづらいのですが、襟元の部分(赤色で囲んだ部分)がとても分厚くなっています。これも喉元を守るための工夫だと思われます。これだけの厚みをつくるためには手刺しが必須で、ミシンでは針が通らない(分厚い布を通すミシンを探すのが困難な)ようです。再生することがきわめて貴重な1着がここ(野間家)にあったのです。
「昔の稽古はたぶん荒かったのだろうが、喉元のケガだけは剣道具の観点からかなり対策を立てられていたのだ」と感じました。今はとにかく薄い(暑さ対策?)ものばかりが普及し、それが当たり前のようになってしまいそうですが、これらの発見が、防具本来の意味を見直すきっかけになればと思いました。
動画に収録したのは、解説のほんの一部。防具の写真と記事は、剣道日本2026年7月号に掲載しました。
喉元へのケガに関する記事を、昨年(2026年)12月号に掲載しています。





