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2月下旬に刊行しました馬場欽司著『剣士の心得〈弐巻〉』。好評発売中です(〈壱巻〉も)。

全部で71項ある充実したコンテンツのなかから特別に1項を公開いたします。

102 打たせる価値

打ちたい、打たせないと思えばなにひとつうまくはいかない
大野操一郎先生の「打たせてくるよ」の真意がやっとつかめた

 国士舘大学鶴川剣道場は造りは体育館内といえども、部員や授業を受ける一般学生はみな「道場」と位置付けて日々の稽古に励んでいます。本校で少年剣道大会が開催される際も、大体育館に神棚を掲げ、「この場はいまから“神域”となり、走り回ったり騒いだりするような場所ではなくなりました」と、子どもたちにも話します。噛み砕いたその説明で、子どもたちは感性で自戒の意識を働かせるかのように、態度も変わってきます。“バチが当たる”といった日本的な考え方を、どこか子どもながらに受け入れているのかも知れません。

 教会では、訪れた人々は誰も騒ぎません。ましてや、ものを食べたりガムを噛んだりすることもありません。「神聖な場」は、自然と人々を律させるものなのでしょう。そういう意味からも、神域としての雰囲気をより醸し出すために、数年前から道場の入り口にしめ縄を張るようにしました。壱巻の『剣徳と礼 その2』でも触れましたが、その日、最初に道場に入るときに、立礼ではなく必ず座礼を行なうことを慣例にしたのもそのころからでした。

 道場で修行する人にとっても、道場を神域ととらえることで、心のうちに特別な思いが湧くのではないでしょうか。「邪(よこしま)な考えを持たない」「嘘、偽りなく精進する」「正々堂々と戦う」「精一杯力を出し切る」等々……清い心で稽古に向き合うことができるはずです。一般的な神事では、水垢離(みずごり)や沐浴(もくよく)を行なうなど、身を清めてから本番を迎えることがありますが、「身を清め、心を清めてことに当たる」という習慣は、日本の伝統的な側面であるといえます。それを剣道に当てはめてみたとき、スポーツとは違った剣道の独自性に気づくことができるのではないでしょうか。

 道場という神域で、礼法、作法を通して心を清め、立派に、誠実に戦いに臨もうとする競技が、他のスポーツにあるかどうか。準備運動やメンタルトレーニングによって心身の充実をはかることはあっても、戦いの舞台を神聖な場とする競技は少ないと思います。

 剣道を伝統文化と称するとき、神事とのつながりは切り離せないものと私は思います。神社の境内で奉納相撲、奉納居合、奉納剣道などが行なわれている例を出すまでもなく、武道は歴史的にも神と深く結びついてきました。自然崇拝の古代信仰に始まり、さまざまな神事に携わってきた日本人は、そのなかで独自の文化を育み、武士の時代を経て、いまの時代に剣道を産み落としているわけです。“神”を持ち出すこと、“民族性”をうたうこと、“武士道”精神を語ることなどは、敗戦国として負い目を負った戦後の日本人が疎んじてきたことです。精査のないまま判で押したように「右翼的」というレッテルを貼るのが、剣道と関わりのない一般人であるのならまだしも、剣道連盟の中枢に身を置く人々までもが剣道の文化的特性を吟味せず、剣道のスポーツ色を強めるような方向に進めてきた事実に、私は大いに疑問を感じるのです。私が思うスポーツ色を強めた要因は、剣道のなかに伝統的に培われてきた文化的側面を、次々と簡略化、省略化してきたという点です。詳しく語るには紙面に不足があるので、本題に戻しますが、つまりは神聖な場として道場を機能させることによって、剣道と人間形成とが結びつくと感じるのです。

 次兄の勇司は、かつて刑務官の職に就いていました。そのころ兄は、二人を殺めた過去を持つ囚人に剣道を指導したことがありました。その囚人は怖れずひるまず、剣道は滅法強かったといいます。兄が組み討ちによって傲慢さをひっくるめて押さえ込むと、「参った」と白旗を揚げた彼は、以後、兄を慕うようになったとのことでした。私が学生のころの話です。その体験を踏まえ、兄は当時、私に次のような話をしてくれました。

「彼の怖れを知らない剣道は確かに強さがあった。強くはあったが、彼は罪を犯してしまった。剣道の強さと人間が立派であることは、必ずしも並び立たない証でもあった。強さは、人間の傲慢さを生む危うさもはらんでいる。技術一辺倒ではなく、あらゆる側面から剣道を学ぶよう、心して修行せよ」

 道場に神という存在を意識することで、人は謙虚になれるもの。自分を律した修行こそ、人間形成につながる姿勢が養われるのです。

(2009年11月号)

強さは、人間の傲慢さを生む危うさもはらんでいる」。

ほかにも剣道愛好家がつねに気をつけておきたいポイントが数多く綴られています。

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