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昨年審判、今年は選手。堀部七段の奮闘 ~「剣道日本」2000年11月号より~

昨年審判、今年は選手。堀部七段の奮闘 ~「剣道日本」2000年11月号より~

昨年審判、今年は選手。堀部七段の奮闘  ~「剣道日本」2000年11月号より~

第39回全日本女子剣道選手権大会 大会レポート

(「剣道日本」2000年11月号より再掲)

本日(2019年6月17日)、NHK総合にて放映された「おんな武士道~剣道八段に挑む女性たち」に登場した根本道世教士と堀部あけみ教士。それぞれ剣風も人生も好対照なお二人ですが、剣道家としても指導者としても、剣道界に大きな影響を与え続けています。堀部あけみ教士は2000年の全日本女子選手権に、「選手」として再登場を果たしました。根本教士との対決から、23年。大きな話題となっただけでなく、その円熟味あふれる剣道で観客を魅了しました。「剣道日本」2000年11月号より、堀部教士のインタビューを再掲。ぜひご一読下さい。

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筑波(東京教育)大時代、全日本学生選手権で4年連続ベスト4入りという堀部の残した記録は現在も破られていない。(昭和50年の1年生のときから順に、3位、優勝、優勝、2位)。往年の大スターの復活劇は、女子剣道の今後の活性化につながるものと信じたい

 寺地、栗田は15回目の出場。彼女たちと世代が近い主婦の高橋も、子供の頃からの目標であるこの大会の出場に毎年のように挑戦し、平成9年以来、2度目の出場を果たしている。

 ベテラン勢の中で、今回の圧巻は堀部だった。43歳にして22年ぶり5回目の全日本出場は、今大会最大の話題であった。前回は、昭和53年の第17大会、大阪の根本道世に敗れ2位になったときにまで遡る。過去4回は、高校1年のときと、大学1、2、3年時の出場だった。試合のあと、堀部に話を聞いた。

— 久しぶりに全日本の舞台を踏んでこみ上げるものはありましたか?

堀部 感激して、「今ここに私は生きているんだ」という気持ちになりました(笑)。いつもはもう20年経っちゃったんだなと思いながら審判員の立場で眺めていましたからね。出場する年代層からして私たちの頃と違っていて、昔は10代が一番強いといわれ、大学の3、4年になったら弱くなるといわれていた時代でした。今は20代後半の人から出ていますよね。「昔と違うな、私も出てみたいな」というのが去年、審判の側で思っていたことでした。

— 出ようと思った直接のきっかけは?

堀部 大学卒業後に私はすぐに結婚したんです。それから主人(故人)と香港での生活が17年。その間、香港の子どもたちに剣道を教えてきましたが、それは決して自分のためでなく、指導者側としての稽古でした。日本に帰ってきて丸3年経ちますが、帰ってきた栃木の環境がすごくよく、今度は自分のための剣道ができるようになったんです。それが高じて、審判として大会を見ていることと相まって、自分も出場してみたいと。そもそも私たちの世代は卒業したら結婚して家事や育児に専念するのが当たり前で、女性が剣道を続けるのが難しい時代でした。たとえ続けたとして指導者という立場に立ちます。試合は若い人たちに譲るという風潮もあると思うんですが、私の場合は17年間香港にいたこともあって、そのあたりの風潮に染まらなかったというか、やりたいと思ったことに対して素直に向かえたようなところがあります。

行天は大阪体育大で鍛えた25歳。会社員という立場は堀部と同じある。その行天が開始早々の初太刀、鋭い引きつけ足で間合いを盗みみごとな跳び込みメンで先制した。その後堀部は、行天がコテからメンに渡る瞬間を冷静に見てコテを返すと、後半、旗が二本上がる相ゴテメンで逆転勝ちを収めた

— 一回戦でいきなり行天選手に初太刀跳び込みメンをとられました。

堀部 かえってあれがよかったところがあります。「あ、みんな若いんだ」ということが改めて納得できた(笑)。事前に注意しようとしていた点が二つあって、一つは若い人の遠間からの跳び込み技、もう一つがつばぜり合いでしたが、その跳び込みメンを決められると、「せっかく栃木の代表で来させてもらったのに二打ちで負けたらイヤだな」などとすぐに考えられたあたり、冷静になれていたんだと思います。立ち直りは早かったです、年の功で(笑)。

中盤、永尾(※大阪体育大→大阪府警。本大会2位)に完璧なひきメンを許した堀部は、区画線際で追い込みメンを放ってきた永尾に体をさばいて抜き気味のメンを返す。延長が3分半を超えた頃、最後は永尾がつばぜり合いで表から竹刀を押さえ、堀部を居着かせたところで再びひきメンを決めた

— 最後は永尾さんにそのひきメンを奪われました。今回の反省点は?

堀部 最後のひきメンは、どんなに気をつけても打たれていたと思います。やっぱりうまいですね。後悔はないですが、反省点をあげるなら、一所懸命になりすぎたというか、自分の年齢やスタイルを考えずに夢中になってしまったということかもしれません。矛盾しているようですが、その原因は冷静さだったようにも思うんです。つまり、私は去年までは審判人を務めていて、つばぜり合いの反則をとったりする側だったわけです。やってはいけないことも分かるし、いい試合を心がけようということも強く思っていました。だから「待ってばかりいてはいけない」「自分からも果敢に攻めていい試合にしたい」というような願望が、ついつい表れてしまったような……。本来なら攻めて引き出したところを打つのが私のスタイルなんでしょうけど「待ち剣はいかがなものか」と、相手に合わせてしまったところが反省といえば反省だったかもしれません。

(おわり)

女子剣道界のレジェンドの一人、堀部あけみ教士の若かりし頃の「剣道と修業」については、こちら

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