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まさかの南米の旅は刺激的な体験ばかり

まさかの南米の旅は刺激的な体験ばかり

まさかの南米の旅は刺激的な体験ばかり

―休刊告知号(2018年/No.504)より―

岡井 博史(おかい ひろし) 編集部員

ブラジル・サンパウロの町並み。空気感はやはり違った

2009年8月29日から8月30日にかけて、第14回世界剣道選手権大会はブラジルのサンパウロ州で開催された。どこかのお笑い芸人が地面に向かって現地の人々のご機嫌をうかがうネタでも分かるように、日本からすればブラジルは地球の真裏。現地で過ごした時間は決して長くはないものの、おそらくもう二度と体験することはないだろう刺激的なことばかりだった。

 編集部から現地へと向かうのは編集者1名、スチールカメラマン1名、映像カメラマン1名の計3名と予定されていた。3年に1度開催される世界選手権大会は編集部としても一大イベント。また、たまの海外旅行と考えれば担当の座は皆で奪い合いとなろうものだが、会議の席にて誰がブラジルまで取材に行くのかという話になった際、誰一人手を挙げることはなかったのを覚えている。誰に聞いたわけでもないが、やはり移動距離の長さや治安への不安、英語も通じない(ポルトガル語が主)などがその理由であろう。私自身はそもそも旅行も好きではなかったし、飛行機も苦手(離陸時のフワッとする感覚がイヤなので必ずその前に眠ることにしている)、さらに英語もできない人間なのでむろん挙手などはしなかったが、守るものなどない独り身の男性ということもあってか、半ばなし崩し的に担当となりブラジルへと向かうことになった。

 ブラジルまでの総移動時間は、記憶は定かではないが乗り継ぎを含めて30時間を超えた。機内サービスではコーラを頼んだコーヒーを出されるという辱めを受けつつも、何とか眠ろうと試みてはみたが求める時ほど睡魔は訪れないものだ。そうこうしているうちに、隣の席のアメリカ人が長時間のフライトに退屈したのかやたら話しかけてくる。こちらは英語ができない、と何度も伝えたのだが、たしか自転車のレーサーだと名乗っていた彼のおしゃべりはその後も延々と続いた。意思の疎通に至ることはなかったのだが、今振り返れば良い時間つぶしとして助けられたのかもしれない。

 日本は8月だったが、その時期ブラジルは冬なのだそうだ。しかし、それも日本の冬とは大きく違い、たしかに空気こそヒンヤリしてはいるものの、日差しはチリチリと痛いほどに強くまるで真夏のそれだった。そこでしか感じられないものを感じ、改めて異国に来たのだと確認したのを覚えている。

 旅の行程自体にも不安が多い取材だったのだが、大会の行方にもやはり大きな懸念があった。台湾で開催されたその前回大会では歴史上初めて日本が男子団体戦で敗れた。男子個人戦、女子の団体戦・個人戦は制したものの、男子団体戦はやはり大会の華。「日本敗れる」のニュースは意外なほどに大きく早く世間に報じられ、専門誌記者としてもいち剣道家としても「こんな時だけ……」と悔しい思いを抱いたものだ。

 実際の雰囲気こそ選手団のみぞ知るところだが、王座奪還を至上命題に掲げた日本代表からはどこか悲壮感めいたものが漂っていたように思う(今となっては見る側の心理の問題だったかもしれないが)。

 大会初日に開催された男子個人戦は、自分の嫌な想像が現実となりそうな波乱の展開となった。4名が出場した日本人選手のうち、準々決勝までに3名が敗退。準決勝に残った日本人は大阪府警の寺本将司選手ただ一人で、その他の3人は韓国人選手。開始以来日本人選手の優勝が続いているこの個人戦で、韓国人選手がベスト4に3人も進出するのは大会史上初の出来事だった。

 準決勝に試合場に白い剣道衣をまとう韓国の選手が3人も待機している光景は今も鮮烈に脳裏に焼き付いている。試合を観ているだけなのに吐き気を催すほどの緊張を味わったのは後にも先にもこの時だけだ。

 結果的に自分の不安は杞憂に過ぎた。寺本選手が尋常でない精神力を発揮して韓国人選手を連破、見事優勝を収めたのである。全日程を終え、日本は大会を完全制覇したのだが、その牽引役はやはり初日の寺本選手だったと思う。

 ブラジルには他にも思い出がある。街中に普通に馬車が走っている光景も、近代的な建物のすぐ近くに土壁の住居がある環境も新 鮮だった。現地のコーディネーターに連れて行ってもらったレストランでのシュラスコの味。まったく会話が通じないのにコンビニ店員の女の子が可愛い笑顔で親切に応対してくれたこともよく覚えている。ホテル近くの教会前で血まみれで倒れていた建設作業員風の方は結局無事だったのだろうか、救急車は来ていたけど。大会終了後にサヨナラパーティーに参加しようとタクシーに乗ったのだが、車がスラム街のようなさびれた地区に進入、あの時は本気で死を覚悟した(結局は運転手が住民に道を聞いただけだった)。サヨナラパーティーで声をかけられたアメリカ在住の日本人女性とは今でも連絡を取り合っているし、その他にも思い出がたくさんある。

 二度と行くことのない(であろう)ブラジル。行く前はあれだけ憂鬱だったのに、帰ってくればこんなにも得るものがあったかと気づく。贅沢な経験で、幸せな取材だったと今は思う。

(おわり)

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