「4人の範士が徹底解説」昇段審査対策DVDor書籍が手に入るのは、公式通販サイトだけ!

「自然体」とは柔軟性にあふれた 円くて最強の身構え・気構えである(その3)   談・山口 香(筑波大学大学院 人間総合科学研究科 教授)

「自然体」とは柔軟性にあふれた 円くて最強の身構え・気構えである(その3)   談・山口 香(筑波大学大学院 人間総合科学研究科 教授)

(その2のつづき)

″ドキドキ”ではなく
″ワクワク”

山口 先に、「初心者は、必要以上の力みや気負いといったものが姿・形にありのままに投影されるもの。だから柔道には自然本体という教えがある」と述べましたが、この観点からいえば、自然体を丁寧にひも解いていくと力を抜くことがやはり重要なポイントといえます。ただし、完全な「OFF(オフ)」モードではない。スイッチを完全に切ってしまっては、戦いにおいては無防備になりますからね。ただし、この力の抜き具合が非常に難しいところです。つまり自然体のスイッチだけはつねに入れておくことが大事。とはいえ、戦いにおいては誰もが緊張を強いられるものだから、「ON(オン)」のモードはいきなり“微弱”から“強”へと全開する。そういう意味では、緊張とは自身のなかの自然体を揺るがす大敵でもあるということがいえるでしょう。したがって、試合中にいくら「力を抜け!」と叱咤激励されても、なかなか抜くことなんてできません。むしろ、叱咤激励されてはますます肩に力が入ってしまう(笑)。

──矛盾したアドバイスといえますね(笑)。

山口 残念ながらというのか、宿命というのでしょうか。私たちが「緊張する」という感覚は、誰に教わらなくても本能的に体感できるものです。だからこそ、その一方で大舞台で本来の力が発揮できるためのメンタルトレーニングの需要も大きいのでしょう。なにしろ、「緊張する」ということは、食事ものどを通らないというほど、心身に与える影響も大きく、それだけで人一倍疲れてしまうものですからね。

──たとえ相対競技であっても、柔道や剣道が最終的には自分自身との戦いであるとよくいわれるのは、そういった面もあるからでしょうね。

山口 柔道というと、力を入れることがお仕事のように思われますが、実はそうではありません。素人と玄人との違いはそこにあります。とくに初心者の場合には投げられたくないという恐怖感があって、体には必要以上に力が入り、がちがちに強張ってしまいます。それに対して、繰り返し述べるように、「もっと力を抜いて」とアドバイスしてもなかなか通じないものです。なぜなら、力を抜いた瞬間に投げられてしまうと思うから。その結果、こちらは何をしているわけでもないのに雰囲気にのまれて自滅の道をたどっていく。

──切迫感の表われでもあるのでしょうね。

山口 しかし、日々稽古を積み重ねることによって、恐怖感に打ち克つようになると、次第に力みも解けてきます。そういう意味で、心の自然体を培っていくにはやはりどれだけ真剣に稽古をやり遂げることができているかにかかっていると思います。

──稽古量が平常心を培ってくれる、と。とはいえ、大舞台になると、また新たな緊張感が生まれてくる(笑)。でも、その一方で、度胸満点の選手もいる。羨ましいですね。

山口 大野将平選手などはまさにその典型ではないでしょうか。たとえ大舞台であっても、彼にとってその舞台は学生時代に稽古を積んでいた天理大学の道場という感覚なのではないかと思うほどです。おそらくドキドキもしない。脈拍も上がっていない。いつも通り。彼くらいのレベルに達すると、もう勝ち負けを超えて、「さて、真っ白いキャンバスにこれからどういう絵を描いていこうか」というワクワクする気持ちで臨んでいるのではないでしょうか。それこそが、まさに自然体。そして、相手をもみずからの自然体の中に引き込んでしまっている。だからこそ、見るものをも感動させる戦いができるのではないかと思います。

──求道者という感じですね。

山口 “ドキドキ”ではなく“ワクワク”。この違いが凡人と天才との違いでしょうか。普通の人は、描いては消して……を繰り返すけれども、彼の場合は、筆のおもむくままに描いていく。先に登場した野村くんや谷亮子さんなどもそうですが、私が見た“天才”たちは、「そんな技、稽古で一度もやったことがないのに……」という技が試合で出ます。世の中、不公平だなと思ったりしますが、それは決して不公平ではなくて、おそらく日々の稽古に向き合う姿勢、あるいは鍛錬の仕方などにおいて、私たちとは決定的に違う何かがあるのではないかと思います。それがいったい何なのか、私たちにはわからない。でも、わからないからこそ逆に夢があるのではないでしょうか。

ありのままの自分を受け入れる

──先生ご自身はそういったご経験はないのですか?

山口 勝ち負けというのは、煩悩を呼び覚ますという作用も秘めています。なにしろ、人間は欲望や執着、怒りや妬みなどがつねにつきまとっている生き物ですからね。でも、試合中にふと煩悩が消え去る瞬間を感じたことが何度かありました。稽古をしているときのような何事にもとらわれない自由さを感じるときが……。勝ちたいとか、相手を倒したいとか忘れて、自然に体が動くというのでしょうか。そして、そういう試合ができるときはほとんど勝っている。それもいつのまにか(笑)。もちろん、相手の実力が自分より劣っていれば、そんなに難しいことではないだろうと思われるかもしれませんが、実はそうでもない。やはり相性みたいなものもありますからね。なんだか、この選手と戦っていると、気持ちいいなとか、やりにくいなとか。相性がいい相手とはいくらでも戦っていたいし、そういう試合をひとつでも多く目にすることができるのは幸運だと思いますね。

──独り相撲ではなく、お互いがゾーンに入っているような試合ですね。

山口 はい。私がかつて見た試合のなかでもっとも印象に残っているのは、2001年ミュンヘンで行なわれた世界柔道選手権で相まみえた金丸雄介選手(現・了徳寺学園)とビタリー・マカロフ選手(ロシア)との決勝戦です。金丸選手は大学の後輩で、残念ながらその試合ではマカロフ選手に敗れてしまいましたが、私個人の見解としては、まさに世界の歴史に残る名勝負だったと思っています。それぞれが全身全霊の技を出し合い、それを凌ぎしてという一進一退の攻防は、一つひとつの動作に美しさを感じたものでした。だから一瞬たりとも目が離せない。観客もいつの間にか、彼らの試合に没入している。息をのむ戦いというのは、まさにこの二人の戦いをしていうのだろうと思ったものです。それはまるで、台本のないドラマを見ているようでした。いや、たとえ台本があったとしても、こんな素晴らしい展開を描き切ることはできないだろう、と思ったぐらいです。

──その試合を見た人が、自分もそういう戦いをやってみたいと思ってもらえたらいいですね。トップアスリートには、そういった役目もある。

山口 私たちがめったに踏み入ることができない世界だからこそ、人はそれを追い求めるのだと思います。そしてそれは指導者が教えられることではない。もし、教えられると思っている指導者がいたとしたら、それは明らかに過信でしょう。誤解を恐れずにいえば、ただ単にチャンピオンをつくる指導法というのがあるのであれば、パワハラも許されるのかもしれません。しかし、いわゆる人間形成、さらにその先にある人としての究極の道を追い求めていくことが目的であるならば、パワハラは百害あって一利なし。サーカスのライオンやトラは素晴らしい芸を見せてくれます。でも、動物たちはみずから芸を極めようとしているわけではありません。隙あらば逃げようとする(笑)。餌と鞭に縛られているだけです。果たして、金メダルを目指すこと、試合に勝つこともそれと同じような感覚になってはいないでしょうか。選手を檻の中に閉じ込めているような指導では、事理一致した真のアスリートの育成はもちろん、人間形成などできるはずはありません。

──指導者の役割とは何か、あるいは指導力に求められる要件とは何か。改めて考えてみる必要がありそうですね。

山口 私は、若いときにチャンピオンになったので、周りからの期待も大きくて、当時はそのプレッシャーに押しつぶされそうにもなったものです。先にも述べた通り、10代で完成された人間なんていないにもかかわらず……。でも、それでも一生懸命、自分を取り繕うとするんです。周囲の期待に応えられる“山口香像”をつくらなければ、と。

──チャンピオンだけが抱える苦しみですね。

山口 そのときにふと思ったのは、ありのままの自分を受け入れることでした。弱い自分、至らない自分を隠すことなく、自分自身に対峙するというのでしょうか。そのために東京からつくば(茨城県)に環境を変えたことも幸いしました。気にしすぎなのかもしれないけれど、東京にいるとなにしろ人が多すぎてついつい人の目が気になってしまう(笑)。ところが、こちらに来てからは背伸びをしなくなった。誰も私のことに気づかないというより、そもそもとして気にしていないので(笑)、ありのままの自分でいられるようになりました。そのとき、それこそが私本来の自然体なんだ、と気が付いたんです。すると肩の力がスーッと抜けて、思っていることもストレートに言えるようになりました。もちろん、それに対して反発もあるし、反論もいろいろとあるけれど、それも受け入れることができるようになった。そうすることで、みずからも少しずつ磨かれていき、成長していくことができているんだな、と。

──自然体とは相手がそうであれば、こちらもまたその雰囲気に引き込まれるものだと、先生と対峙して納得しました。

山口 そういう意味では、私も少しは円くなったということかもしれませんね(笑)。

取材・文=光成耕司 撮影=窪田正仁

この記事は、剣道日本2019年12月号特集「自然体」に掲載されたものです。12月号の詳細はこちら。

https://kendonippon.official.ec/items/24213423

インタビューカテゴリの最新記事

テキストのコピーはできません。