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映画『武蔵―むさし―』(5月25日より全国上映中) 三上康雄 監督 独占インタビュー(中編)

映画『武蔵―むさし―』(5月25日より全国上映中) 三上康雄 監督 独占インタビュー(中編)

映画『武蔵―むさし―』(5月25日より全国上映中) 三上康雄 監督 独占インタビュー(中編)

―「剣道日本」6月号より―

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©2019 株式会社三上康雄事務所

三上康雄 / Yasuo MIKAMI
昭和33年(1958)1月大阪市生まれ。高校時代から映画を撮り始め、24歳の頃まで16mm作品を含む自主映画を5本監督。“関西自主映画界の雄”と称されるも、その後は家業のミカミ工業に30年専念。創業百年を期に、後継者不在のため自社の株式をM&Aで譲渡し、平成24年に株式会社三上康雄事務所を設立。翌年、劇場用映画『蠢動─しゅんどう─』を監督し、全国85館で公開され、日本映画監督協会新人賞にノミネートされる。昨年、劇場用映画第二作『武蔵─むさし─』を監督し、本年5月25日にロードショー。2作品とも、製作・脚本・編集等も兼任。自身、中学から大学まで剣道に打ち込み、近年は武術、居合、殺陣に取り組む。

『五輪書』は手引書でなく哲学書 輪の字を変えれば『五倫書』に

──影響を受けた時代劇は?

三上 やっぱり小林正樹監督、橋本忍先生脚本の『切腹』です。前作の『蠢動─しゅんどう─』は、『切腹』の影響を受けています。今度の『武蔵─むさし─』をつくるにあたっては、とくに何かを意識したとかはありません。それでも、あるとすれば『2001年宇宙の旅』のようなものを作りたいというのは心のどこかにありました。あの映画は深い。何度も観ることよって、いろいろな見方ができるようになる。それからぼく自身、映画って究極の自己表現だと思っているので、無駄を削ぐという表現のしかたもありかなと。

──必要以上に説明をしない。

三上 やっぱり映画の感想は観る人に委ねるべきだと思っていて、自己表現は貫きたいと思っています。もちろん、筋も内容も伝わらないような自己満足ではダメです。『武蔵─むさし─』の編集に際しても、こだわりという点で、ぼくは本当はナレーションを入れたくなかったんです。でも、時代背景も説明せず、観る人が何のことか分からないというのではダメだと思った。だから冒頭だけは、ナレーションで時代背景を説明しました。史実に基づくオリジナルトーリーであることをうたい、時代背景を示すナレーションが出て、そのあと初めて「株式会社三上康雄事務所」のクレジットが出ます。普通だったら、ウチの会社名が最初に出て、そのあとでナレーションじゃないですか。でも、ナレーションは前節。映画はここからなんですよ、という思いで線を引かせてもらいました(笑)。こだわりというか、まあ、臨機応変にですね(笑)。

──その「株式会社三上康雄事務所」の創立が平成24年(2012)。翌年に劇場用映画の第一作『蠢動─しゅんどう─』が公開されます。映画を撮るのは長年の夢だったのですか。

三上 夢とか、映画を撮りたくなったから、というのとは違いますね。ワンチョイスでした。ただひとつの選択肢です。ぼくは家業の三代目として、一般の会社で30年仕事をしてきました。それをまっとうするのが大事だと思っていましたが、創業百年になった時点で、ぼくには後継者がいないこともあって、M&Aで会社を譲渡することが一番いいと判断したんです。以後、自分にできることは映画作りしかないということで今の会社を立ち上げたわけですが、選択したのは、絶対に失敗の許されない道です。

©2019 株式会社三上康雄事務所

──別な世界への転身……。

三上 映画界という全然知らない世界に入っていくわけですから、まさに徒手空拳。それこそ、映画の中の、吉岡の門を叩く武蔵と一緒ですよ。自分のいた場所とは違った気高い世界。彼はどうやってそこに入っていくのか、彼はどうやって戦っていくのか、それはぼくと一緒なんです。

──ご自身の思いが武蔵に重なり合っている。

三上 思いはすべて入ってます。映画の中の、武蔵の「俺には師も、後ろ盾もない。だから、戦う」というセリフは、まさにぼくの映画への思いですよ。単身、映画業界に入ったのですから。映画会社に転職したのではないですからね。じゃあ、なんで映画作りを続けるのかと言ったら、「何が変わるかはわかりませぬ。が、戦ったことは残る。足跡を残したい」と、これも、ちゃんと武蔵のセリフになっている。

──監督の気持ちがそのままに……。

三上 はい。剣の世界で戦いを挑んだ武蔵は、映画界に突然入ったぼくでもあるんです。さまざまな人たちとどう相対するかも、武蔵がいろいろ戦術、戦略を考えていったように、ぼくも戦術、戦略を充分に考えて臨みました。失敗が許されませんから。だから、吉岡一門は、ぼくにとっては巨大な映画界と重なるわけです。今、公開の50日前で全国で60館以上が決まっていますが、インディペンデントですからね、ウチは。メジャー映画のロードショーが多いシネコンに、非メジャーであり、一人映画会社の作品が入るには、武蔵じゃないですけど、戦略、戦術が不可欠です。

──戦略があって、そうなった。

三上 「そうなった」というのもないです。“結果として、そうなった”というのはない。絶対にそうなるようにしたんです。剣道だって一緒じゃないですか。“勝ってしまった”なんていうのはありえない。優勝した本人は勝利者インタビューで「運がよかった」と言うかもしれないけれども、本当のところは、本人が蓄積してきたものをその瞬間に全部出し切ったから、勝利を得た。あたかもたまたまに見えるような決勝打も、戦略を練り、戦術をもって遣(つか)った技こそが勝利への一打になりうると思うんです。噛み砕けば、戦略というのはきちんと練った大枠で、戦術というは、そのつど臨機応変に変えていかなきゃいけないものでもあると思います。

©2019 株式会社三上康雄事務所

──武蔵が一戦一戦活かしたもの……。

三上 そうですね。今の世の中に多く見られるのは、「戦略はあります、戦術も決めてます。もうそこからは絶対に動きません」という人。臨機応変が利かないことが原因で、失敗する人も少なくありません。失敗の理由は、状況を読んでいないからだと思います。状況を読み、状況に応じるというのが臨機応変。ぼくが言ってきた“信義の世界”っていうのは、まさに状況を読む世界ですから、臨機応変とも結びついています。そしてそれは、礼儀礼節から発せられるものであるとも思うんです。

──この映画で表現された闘いには、戦略、戦術、臨機応変がすべてにおいて入っている。

三上 入ってますね。全部入ってますよ。武蔵の考え方って、みんなが学ぼうとしますよね。そのために『五輪書』を読みますけれども、『五輪書』って、ぼくからしてみたら、五輪の「輪」は、「輪」じゃなくて倫理の「倫」にしか見えないんです。武蔵の哲学が書いてある“五倫書”。最終的に何が書いてあるかといったら、ぼくの感じるところでは、「自由自在であれ」「臨機応変であれ」「そのために工夫と努力をせよ」と訴えている気がしてなりません。

──なるほど。

三上 そういう意味では、『五輪書』というのは手引書というより、倫理の本として読んだ方が得るものが多いのかも知れませんね。そうは言っても、世にさまざまな『五輪書』の解説本が出ています。でも、ぼくは柳生兵庫助が言っている次の言葉が一番的を射ていると思います。「武蔵の兵法は余人に学べるものではない。武蔵の兵法を学ぼうとするならば、武蔵になるしかない」。真意を分かっているのは本人だけというのは正しいですし、『五輪書』の文言の受け止め方は、その人その人に委ねるべきもので良いとも思う。映画作りも同じでね、『武蔵─むさし─』を理解しようとしたら、「ぼくになるしかない」ですよ(笑)。

後編に続く

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