手ぬぐいの両端はなぜほつれているのか
(『剣道日本』2019年5月号に掲載した記事です)
面の下に装着する手ぬぐい。通常は道場や剣友会、剣道部などの団体で揃えて作るものであり、大会や昇段の記念品として作ることもあるだろう。そのデザインや文字を、読者の皆さんはどうやって決めているだろうか。
大阪府吹田市にある神野織物株式会社は明治32年創業という長い歴史をもち、数多くの面手ぬぐいの注文に応えてきた。手ぬぐいのほかタオル、風呂敷、バンダナなどのオリジナル綿製品を取り扱う卸売り問屋である。同社の代表取締役である神野哲郎さんと部長の辻良岳さんに話を聞いた。

神野織物への国内からの注文では、白地に道場の館長や師範など高段者が書いた文字とその名前、という基本的なものがやはり一番多いそうだ。だが、現在は地に色を染めて白抜き文字というパターンも多く、生地の色も紺色をはじめさまざまな種類がある。
「剣道は伝統的な競技なので、たとえば稽古着に派手な色の飾りを入れたりすることは許されません。手ぬぐいの場合も、学生さんなどがあまり派手な色は使わないようにと連盟の方から言われる場合もあると聞きましたが、女子大などでは赤やピンクということも結構あります」
と神野さん。辻さんがこう補足する。
「そんな中で、面手ぬぐいというのは、剣道において自己実現、自己表現ができる、ほぼ唯一の物なのではないかと思います。それもやはり伝統を重んじた上のことではありますが」
師範が自らの座右の銘を書くにしても、あるいは会員の合議で言葉を決めるにしても、手ぬぐいの文字はその団体の目指すところの表現といえる。



手ぬぐいに書く文字と絵
海外と日本で違うこと
手ぬぐい文字の書き方として、左から右ではなく右から左へ書いてくる人も少なくないという。それが戦前までの一般的な横書きであったからだ。
「八段、九段など高段位の先生になればなるほどそうですね。昔の巻物は右から始まっていますから。日本語は本来、右から左へ書くということをきちんと伝えて欲しい、と先生方に言われることがあります」(神野さん)
ただし、日本語、漢字は本来縦書きで、横書き自体が江戸時代に蘭学など海外の影響を受けて始まったもの。戦前使われた右から左への横書きは「一行一文字の縦書き」であると解説されることが多く、書道の世界でもさまざまな意見がある。通常は左から右だ。
が、その議論をしようもないことがある。海外からの注文で英語などアルファベットを入れる場合、左から書くしかない。神野織物では海外からのオーダーも多いが、国内の注文とは好まれるデザインに少し違いがあるそうだ。
「龍や虎、竹など日本風の絵柄、屏風に書いてあるような絵を入れたいという要望が多いですね。色としては、海外では紺色が日本の色ととらえているようで、紺色が多いです」(神野さん)
あるアメリカの団体からの注文品には「守破離」という漢字が書かれ、その下に一文字ずつの意味が英語で簡単に説明されていた。日本人の目で見ると文字が多すぎて美しくないかもしれないが、普及のために、何かを伝える手段として手ぬぐいにこういう情報を入れることも意味があるかもしれない。
「自分たちが一番高まるもの、目指すものであれば、『明鏡止水』などの伝統的な言葉にとらわれる必要もないのではないかと思います」(辻さん)
神野織物では、もちろん用意した文字を使うこともできるし、あらゆる種類の書体や絵柄を用意している。書家に依頼して書いてもらうこともできる。
両端を縫製しないのが
手ぬぐいの伝統
昨年、ジェトロ(日本貿易振興機構)と連携して日本文化を海外に紹介する事業の一環で、神野織物はフランスオープン剣道大会に出店し、フランス剣道連盟の依頼で大会の手ぬぐいを作った。そのさいに、ほつれているのが嫌だという人もいるだろうと考え、左右を細くバンダナのように縫製した。すると、フランス在住のある日本人剣士から直接「左右を縫製しないのは伝統なので、それを守ってほしい」と言われたそうだ。その要望を受け入れ、今年の同じ大会には縫製をしないものを出した。

確かに手ぬぐいの両端は縫製されていないのが一般的であり、それが伝統といえるが、その理由を御存知だろうか?不良品、あるいは手間を省いていると思っている人も多いのではないだろうか?神野さんがこう説明する。
「もともとそこをきれいに縫製する技術がなかったということもあるのでしょうが、昔真剣の勝負に勝つための模擬訓練として行なわれていた剣道では、ケガをすることも多かった。そういうときに手ぬぐいを裂いて包帯代わりにしたということです。時代劇などで噛んで裂いているのを見たことがあると思いますが、手ぬぐいは一箇所端を切ると、縦も横も同じ幅でまっすぐ裂くことができるんです」
たとえば下駄や草履の鼻緒が切れたときに修復するためにも、裂いて使った。辻さんがこう補足する。
「端を折り返さないので生地が分厚くなりませんし、そこに水分が溜まらないので乾燥しやすい、雑菌がわきにくいという利点もあります」
さらに、縫製すると剣道で頭に巻いたときに引っかかって痛いということもある。それでも現在では、ほつれるのが嫌なので縫って欲しいという要望が多いそうだ。
「お客さんから縫ってくれと言われればどうしてもそうせざるを得ません。しかし、販売するときには必ず、縫製しないのが本来のものだ、手ぬぐいとはこういったものだ、ということを説明するようにしています」(神野さん)
「手ぬぐいも伝統の一部です。剣道もいわば国技の一つで、たとえば相撲のまわしがもっと動きやすい収縮性があるものになったらおかしいですよね。それと同じだと思います」(辻さん)

吸水性と柔らかさを生む
和晒しと注染は日本独自の技法
やはり海外に在住している日本人剣士に聞いた話では、稽古に手ぬぐいを忘れてしまい、外国人剣士が予備を持っているというので借りたところ、染めた手ぬぐいではなくプリントした手ぬぐいだったという。
日本で使われている面手ぬぐいは、布に模様を染める「」という技法を使って染めたものである。明治期に日本で生まれた染色技術で、今も日本でしか作っていない。一方ハンカチなどと同じように、布に顔料でプリントをした手ぬぐいもある。海外で作られたものもあるが、それが流通、販売されており、海外の剣士がそれを使っている場合が少なくない。
「海外の方は違いが分からないし、日本人でも分かっていない方がいるかもしれません。触ってみれば違いは一目瞭然で、本染めのものは最初から柔らかく匂いもありませんが、プリントのものは固くて溶剤の匂いがします。何よりも吸水性が全然違います。本染めは洗うとさらに柔らかくなっていくので、きっちりフィットして面もピタッと締まります」(神野さん)
生地は面100%の木綿で織ったものであるが、その晒し方が西洋とは違う。もともと綿は生成りと言われるベージュに近い色だが、それを白くするために、ハンカチなどは「洋晒し」といって、引っ張りながら溶剤に漬け2、3時間で真っ白にする。一方手ぬぐいは「和晒し」で20時間もかけて白くする。洋晒しだと生地のケバがなくなるので、プリントをするときれいに仕上がるが、買ったばかりのハンカチはあまり汗を吸わない。和晒しだとケバはそのままで、綿本来の柔らかさをキープしたまま白くしていくので、初めから汗を吸う。

手ぬぐいはそれほどに優れたものであり、600年前、室町時代からの歴史がある。かつての日本人の生活の中にはつねに手ぬぐいがあった。ある年代以上の人なら記憶があるだろう。
「私もあるとき取引先の人に言われて手ぬぐいを持つようになったら、すごく汗も吸うし、手を拭いてもいいし、人とは違うものを持っている優越感もあります(笑)。夏場は首に巻くと汗を吸って発散するため涼しいので、私の家内は首に巻いて掃除をしています。食器や窓を拭くのに使ってもタオルのようにケバが出ません。そういった実用性も高いのです」(神野さん)
頭に巻いたり首に巻いて熱中症対策にもなる。昔は手ぬぐいで浴衣をつくったり、赤ちゃんのおしめにもしたという。吸水性がいいからだ。だが、戦後、昭和30年代頃に手ぬぐいは一気にタオルにとって代わられた。
神野織物では織物の工場、染工場に仕事を依頼して手ぬぐいを制作している。染工場は全国に30軒ほどしかなく、ご多分に漏れず多くが高齢化している。家族だけで細々と続けて、後継者もいないというところがほとんどだという。 だが3、4年前に比べると、和のブームなのか手ぬぐいがだいぶ売れるようになったそうだ。最近では登山をする人たちの間で、タオルのようにかさばらず水に濡らしても乾くのが早いことで人気があり、アウトドアブランドの手ぬぐいも売られている。
「日本の文化ですから、なくなってしまってはいけないと思っています。去年から海外で出店するようになって、海外で活躍している剣士の方々が、国内にいる日本人以上に日本の伝統を大切にされていることを知りました。我々もこれまで以上に、手ぬぐいを販売するときに、そのあたりをきちんと伝えてあげなければいけないなと、思いを新たにしています」(神野さん)
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